こんにちは!
Ryoです。

1940年代前半の
「徴用工」ということばが

2018年になっても
ニュースに出てます。

気になったので
調べてみました。

徴用工ってなに?

「徴用工」
「ちょうようこう」と読みます。

韓国との間で
話題になっているので

韓国人だけのことかと
思ってましたが

「徴用」は
日本人にも行われたそうです。

徴用とは
国家が国民を強制的に動員して
一定の仕事に就かせること。

これは
人に対する徴用ですが

モノに対しても
行なわれることがあって
強制的に取り立てることです。

2018年に話題になってる
徴用工問題は
もちろん人のほう。

2018年10月30日に
韓国の最高裁にあたる大法院が

日本の企業
新日鉄住金に対して

韓国人4人へ1人あたり
約1000万円の損害賠償を
命じたことから起きた問題です。

安倍総理は「解決済み」だと
くり返し言ってます。

それに対して
韓国の文大統領は

判決から2日後に
国会で演説をしてますが

判決に触れずじまいだったそうです。

1965年の約束

日本と韓国は1965年に
日韓請求権並びに経済協力協定
という約束をしています。

安倍総理が「解決済み」
と言ってるのは
この約束があるから。

韓国人のなかにも

「解決した問題なのに
どうして今になって裁判するの?」
という声があるそうですが

1965年の韓国は
お金の面で大変な時代だったために
日本からの資金に頼るしかなく、

市民的な感情などは
置き去りにされたようなのです。

日本側から見れば
「約束を守れない韓国」
ということになってしまいますが

韓国側から見れば
「あの時は
言いたいことも言えなかった」
ということになるのかも。

文大統領は

最高裁にあたる大法院の
判決を無視するわけにはいかず

そうかといって

大法院の判決を
積極的に支持すれば
日本との関係が最悪になるので

RyoRyo

何も
言えなかったんでしょうね。



強制? それとも応募?

徴用工は

第二次世界大戦中に
人手が足りなくなったために
働いた人たちですが

日本政府は

当時の国家が行なった募集に
応募してきた人たちなので問題はない
と言ってるのに対し

徴用工として
裁判をした人たちは
強制労働だったと言ってます。

徴用工像とは?労働環境や給与は?読み方から実態までわかりやすく!-1

第二次世界大戦のころ
朝鮮半島は
日本の植民地になっていて

朝鮮総督府(そうとくふ)という
行政組織が置かれてました。

戦争中に朝鮮半島で
働いてた朝鮮人は

3種類の方法で
集められたそうです。

①1939~41年に
民間企業が朝鮮で行なった「募集」

②42~44年9月まで
朝鮮総督府が行なって
民間企業に引き渡した
「官斡旋(あっせん)」

③39年の国民徴用令によって
44年9月~45年3月まで行なった
「徴用」

日本政府は

「裁判を起こした人たちは
全員応募だった」
と言ってるので
①に当たることになりますが

なにしろ戦争中の
植民地で起きたことだし

当時の日本人は
アジアの国々で
かなり威張ってたらしいので

もしも「募集」だとしても
21世紀の日本で言う

「あの会社で働きたいから
応募してみようかな~?」

っていうレベルでは
なかったと思います。

徴用工だったという
韓国人の方が発表した

「給料は悪くなかった」
という証言もあるそうなので

少なくとも

全員がむりやり
タダ働きさせられてた
というわけじゃないようですが

80年近くたっても
裁判がいくつも起こされてるのは

RyoRyo

知らんぷりはできないし
しててはいけないと思います。



まとめ

では
徴用工について
まとめますね。

「徴用工」は
「ちょうようこう」と読み

1940年代前半の
日本と日本の植民地で
働いていた人たちである。

「徴用」とは

国家が非常時などに
強制的に動員して
一定の場所で働かせることで

韓国人だけではなく
日本人にも行われていた。

2018年に話題になっている
徴用工問題は

2018年10月30日に
韓国の最高裁にあたる大法院が

日本の企業
新日鉄住金に対して

韓国人4人へ1人あたり
約1000万円の損害賠償を
命じたことから起きた問題である。

日本の安倍総理は
解決済みとの立場だが

韓国の文大統領は

大法院の判決を支持すれば
日本との関係が破たん

判決を否定すれば
韓国内で批判にさらされるため

立場を明らかにできずにいる。

戦争が引き起こした
不幸であることを

あらためて
両国の国民が考えるべき
時代ともいえる。

RyoRyo

この判決によって
慰安婦像のように

たくさんの徴用工像が
つくられるのではないか
と言われています。

文化的な交流などで

もう少しお互いの
いい部分を見られると
解決に向かうかもしれません。