こんにちは!
Ryoです。

2019年1月10日
ベネズエラで
大統領就任式がおこなわれます。

「21世紀の独裁国家」を
作り上げたと言われる
マドゥロ大統領。

学歴や経歴を
調べてみました。

ニコラス・マドゥロとは

ニコラス・マドゥロ氏は
1962年11月23日生まれ。

公式記録では

ベネズエラの首都
カラカス生まれ
ということになってますが

コロンビアのククタという町で
生まれたのではないか
と言われてます。

ククタはベネズエラとの
国境に近いそうです。

また
マドゥロ氏の母親は

コロンビア国籍を持つ
コロンビア人で
ククタの出身とか。

ベネズエラの憲法では

国外生まれだと
大統領や副大統領
国会議長・最高裁判事などの

国にとって
だいじな仕事につけないので

書類が書きかえられた
というウワサがあるのだそうです。

青年期まで

お母さんは
コロンビア人ですが

お父さんは
ユダヤ系ベネズエラ人で
労働組合の指導者でした。

マドゥロ氏が16歳のとき
お父さんは事故で亡くなったけど

子供のときから

選挙運動をする
お父さんに連れられて
その様子を見てたそうです。

その影響からか

高校生のときには
生徒がつくった団体の
書記長になったりしたとか。

若いころのマドゥロ氏は
音楽やスポーツが得意で

野球が盛んなベネズエラで
少年リーグの代表チームの
ピッチャーだったそうです。

ベネズエラ人の身長は
男女とも日本人と同じぐらいだけど

マドゥロ氏は身長190cm。

スカウトの目にとまって
大リーグをめざさないかと
声をかけられたことも。

でも
政治活動の方が
野球よりもおもしろかったらしく、

15歳で学生運動をつくって
極左の革命党とも関係したので
高校をクビになってしまいました。

その後
別の学校にうつったものの
卒業はしてないみたいです。

社会主義リーグという名まえの
共産主義グループに入って
活動を続けてたようですが

24歳のときに
キューバの首都ハバナにわたって

共産主義を教える
国立学校に1年間通ったものの
卒業扱いかどうかはわかりません。


バスの運転手に

マドゥロ氏は1987年に
キューバから戻って
就職するのですが

その時に選んだのが
首都カラカスの
バスの運転手でした。

10年近く働いたそうですが
運転手になりたかったわけじゃなく

目的は
労働組合活動でした。

組合活動をしながら
軍出身で後に大統領になる
チャベス氏を補佐するように。

チャベス氏は1992年に
クーデターをしたけど
失敗して逮捕されました。

チャベス政権で

1994年にチャベス氏が
釈放されて政党をつくったので

マドゥロ氏も参加しました。

そして

1999年には
社会主義のチャベス大統領が誕生。

ベネズエラだけじゃなく
ほかの中南米諸国にも

反米感情は
多かれ少なかれあるけど

チャベス政権は
わかりやすい反米政策。

2000年には
マドゥロ氏もカラカスで当選して
議員になりました。

2006年には外務大臣
2012年には副大統領に
任命されました。


チャベス氏の指名で大統領に

2012年の大統領選挙は
チャベス氏にとっては
4選目の選挙でした。

独裁国家をつくろうとした
チャベス氏は

大統領は
何度でも再選できるように
法律を変えることに成功してます。

でも
就任して4か月で
病気で亡くなります。

亡くなる直前に
チャベス氏が後継指名したのが
マドゥロ氏でした。

マドゥロ氏は2013年に
選挙で大統領にえらばれます。


マドゥロ氏の政策

マドゥロ氏には
独自の政策がなく

チャベス氏に忠実なだけ
と言われます。

福祉国家・警察国家をめざして
バラマキともとれる内容で

アメリカとは対立なので
反米であるとともに

アメリカと仲が悪い
ロシアや中国に近づきます。

ただし

チャベス氏のような
カリスマ性や人気がないため

チャベス氏をたたえることによって
後継者としての
自分を正当化しているようです。

チャベス政権の終わりごろには
インフレが始まって
景気も悪くなってきてたけど

お給料を上げ続けただけで
何もできないので

極端なインフレである
ハイパーインフレに
してしまったし

チャベス政権と同じく
通貨の切り下げ
デノミをしたけど

ハイパーインフレは
相変わらず続いてます。

チャベス政権ができなくて
マドゥロ政権が成功したのは

独裁国家をつくった
ということだけのようです。

2018年には
2期目となる選挙に勝ったけど

アメリカ・アルゼンチン
メキシコなどが

この選挙結果を認めない
と言ってるそうです。

2019年1月10日は
そんなマドゥロ大統領の
2期目となる就任式です。

まとめ

では
ニコラス・マドゥロ氏について
まとめますね。

1962年生まれの
ニコラス・マドゥロ氏は
ベネズエラ人だが

コロンビア生まれで
ベネズエラ大統領には
なる資格がなかったと言われる。

15歳の高校在学中から
左派の政治活動に熱中し

高校を中退して
共産主義グループに在籍

24歳でキューバに留学して
1年間共産主義を学ぶが
卒業資格の有無はわからない。

1987年から
ベネズエラの首都カラカスで
バスの運転手として働き

労働組合活動をしながら
後に大統領となる
チャベス氏を補佐した。

チャベス政権では
外務大臣・副大統領に
任命されたのち

チャベス氏の死去直前に
後継者として指名されて

2013年の
大統領選挙に勝利する。

マドゥロ大統領の政策は
チャベス氏と変わらず

ハイパーインフレを
招いてしまったのちも
有効な対策がとれていない。

2018年の大統領選は
マドゥロ氏にとって
2期目の選挙での勝利だったが

アメリカ・アルゼンチン
メキシコなどが
選挙結果を認めていない。

そうしたなか

2019年1月10日には
マドゥロ大統領の
2回目の就任式が行われる。

RyoRyo

たくさんの難民が
出てしまってるそうです。

平和的な解決が
少しでも早く
実現できることを祈ってます!