こんにちは!
Ryoです。

国連のトップにいる
グテーレス事務総長。

しばらく前から
気になってたので
調べてみました。

モノ申す国連事務総長

アメリカの
トランプ大統領の
決定などに

モノ申すようすが
カッコよくて

たのもしい存在の
グテーレスさん。

みゆみゆ

つい最近も
ニュースに
なってたよね?

新型コロナの関係で
いろいろ問題がある
WHO(世界保健機関)に

「お金を出すのをやめる」
って言った
トランプ大統領に

「今はその時ではない!」
な~んて言った
グテーレスさん。

アメリカの大統領に
正面から意見できる人なんて
あまりいないから

RyoRyo

キッパリ言ってて
スッキリします!

おまけに

頭の良さはもちろん
温かみも感じられる
発言がステキです。

いひひみゆ

SDGsについて
調べてる時から
ファンだよね!


RyoRyo

そうね!



グテーレス事務総長の経歴

まず
グテーレスさんの
出身地などから:

【名まえ】
アントニオ・マヌエル・デ・オリヴェイラ・グテーレス
ポルトガル語: António Manuel de Oliveira Guterres

【生年月日】
1949年4月30日(70歳)

【出生地】
ポルトガル リスボン

【出身校】
高等工科大学(リスボン)

【所属政党】
社会党

グテーレスさんは

ポルトガルの首都
リスボン生まれ。

グテーレスはどんな人で出身は?国連改革の評判!気候危機の演説は?-2

ご両親は
名まえだけは
わかったのですが

とくに
有名人じゃないようです。

兄弟は
いるのかどうかも
わかりませんでした。

わかったのは

グテーレスさんは
高校を卒業する時に

ポルトガル全国の
ベスト・スチューデントに
えらばれた秀才だったこと

出身校は
日本語で「大学」って
訳されてるようだけど

リスボン大学の関係校で
秀才ばかりが集まる
理系の学校です。

グテーレスさんは
物理学と電子工学を
学んだあと

研究室に残って
教育者になり

システム工学理論と
電気通信シグナルの
講義を担当してました。

えへみゆ

バリバリの
理系だね!


RyoRyo

でも
学校で教えてたのは
短いのよ!



政治の世界へ

グテーレスさんが
学校を卒業したのは
1971(昭和46)年ですが

1973(昭和48)年に
ポルトガル社会党に
入党してて

1974(昭和49)年には
産業・エネルギー大臣の
首席補佐官になってます。

わおみゆ

25歳の若さで
大臣の1番近くに
いたんだ~!

しかも
当時のポルトガルは

第二次世界大戦前の
1932年から
40年以上も続いた

独裁政権を倒した
革命の時期。

独裁政権には
係わらないで

社会党に
入ったかと思えば

リスボンの
社会党組織を
一気にまとめ

そのリーダーシップが
評価されて

社会党の
幹部に。

RyoRyo

20代前半で
もう
スゴかったんですね!



ポルトガルから世界へ

ポルトガル社会党
入党から

国連事務総長に
なるまでを

カンタンに
まとめると:

1973(昭和48)年
ポルトガル社会党入党

1974(昭和49)年と
1975(昭和50)年
産業・エネルギー大臣首席補佐官

1976(昭和51)年から
2002(平成14)年まで
ポルトガル国会議員

1992(平成4)年から
2002(平成14)年まで
ポルトガル社会党書記長

1995(平成7)年から
2002(平成14)年まで
ポルトガル首相

1999(平成11)年から
2005(平成17)年まで
社会主義インターナショナル議長

2005(平成17)年から
2015(平成27)年まで
国連難民高等弁務官 (UNHCR)

2015(平成27)年から
国連事務総長

20代で
国会議員になって

ここに全部は
書けなかったけど
いろんな役職をしてました。

そして

46歳で
ポルトガルの
首相に!

落ち込んだ経済を
立て直したり

ポルトガル領だった
マカオを
中国に返したりして

世界中から
ポルトガルが
注目されることに。

なお
ちなみに

社会主義インターナショナルは
名まえのとおり

各国にある
社会党をまとめた
世界的な組織で

国連難民高等弁務官
(略称:UNHCR)は

国連の補助機関で
難民に関係する問題を
解決するための組織です。

先日亡くなった
緒方貞子(おがたさだこ)さんは

グテーレスさんの
3代前の
国連難民高等弁務官でした。

えへんみゆ

弱い立場の
人たちのために
戦ってきたんだね!



グテーレス事務総長はどんな人?

社会党出身で
難民のために働いてきた
グテーレスさん。

2015(平成27)年からは
国連のトップ
事務総長です。

いま世界の大問題は
気候危機と核軍縮。

だから

グテーレスさんの発言も
この2つに
関係したものが多いです。

気候変動に関しては

「私たちの時代を
決定づける問題」って
言ってたり

気候危機で
大変な思いをしてる
人たちに関して

「きわめて多くの人々が
踏みつけられ
道をふさがれ
取り残されるのではないか
という恐怖を感じています」って
ことばも。

2018(平成30)年に
長崎を訪問したときの
演説の中には

「一人たりとも
新たな被爆者を
出してはなりません」って
ありました。

アメリカの大統領を
強くたしなめる反面

弱い立場の人たちを
何としても
助けたい気持ちが
伝わってきます。


国連改革について

そして

グテーレスさんが
力を入れてるのが
国連改革です。

2020(令和2)年は

国連ができて
75年になるんだけど

国連の英語名
United Nationsの
頭文字と合わせて

「UN75」っていう
対話プロジェクトを
スタートしました。

なんと

ネット上で
個人でも参加できて

それを集計して
国連総会でも
発表されるんです!

国連って言うと

世界中の国々の
調整をしてるって
イメージだったし

意見を聞くとしても
せいぜい

え?みゆ

大きな団体とか
大きな企業ぐらいって
思うよね!

それを

個人でも
アンケートに
答えることで

参加できるように!

日本では
まだ大きな
うねりになってないけど

世界では
注目され始めてます。

RyoRyo

わたしも
このアンケートに
答えてみました。

下のリンクから
別記事を読んでくださいね!

グテーレスはどんな人で出身は?国連改革の評判!気候危機の演説は?

若者も参加する改革に!

そして

グテーレスさんが
新しいのは

若者の言うことを
真正面から受け止めて

しかも

聞く側に回って
議論をささえたこと。

これは

2019(令和元)年9月の
ユース気候サミットでの
ことでした。

この
ユース気候サミットは

世界中の国のトップが
集まって行われる

気候行動サミットの
直前に行なわれた

140か国・地域以上の
若者たちが集まって

若者たちが
リードした議論でした。

グテーレスさんは
この中に

「キーノート・リスナー」として
若者たちの議論を
支える方に回ったんです。

わおみゆ

主役は
あくまでも
若い人たちなんだね!

こういった
グテーレスさんの姿勢は

世界中の知識人たちに
おどろかれて
感心されたようです。

私生活など

グテーレスさんの両親は
有名人じゃないようで

くわしいことは
わかりませんでしたが

お父さんは
2009(平成21)年に
亡くなってます。

お母さんは
ご存命かどうかが
わかりませんでした。

グテーレスさんは

1972(昭和47)年に
結婚して

子どもが2人
(男の子と女の子)
いるのですが

残念なことに
奥さんがガンで

1998(平成10)年に
51歳の若さで
亡くなってます。

そして

2001(平成13)年に
現在の奥さんと
再婚しています。

なお
グテーレスさんは

母国語の
ポルトガル語のほかに

英語
フランス語
スペイン語が
ペラペラとか。

RyoRyo

世界中が
大きく変わってる
今だから

国連のリーダーに
ふさわしい人ですよね!