こんにちは!
Ryoです。

貴乃花親方が心配!

貴乃花親方の
体調不良が
伝えられていたかと思えば

今度は
引退が報道されてますね。

本当にステキな
横綱だった貴乃花親方。

調べてみたら
おもしろいエピソードが
いくつもありました。

共有しますね!

貴乃花親方の家族

では
まずは生い立ちや
家族から!

貴乃花親方は
東京都出身で

本名は
花田光司さん。

お父さんは
貴ノ花利彰さん

お母さんは
藤田紀子さん。

奥さんは
河野景子さんで

息子さんが
ひとりと

娘さんが
ふたりいます。

相撲の世界に
入ったとき、

はじめは
貴花田という
名まえだったけど

その後
→ 貴ノ花 → 貴乃花 へ。

お兄さんもお相撲さんで
若花田 → 若ノ花 → 若乃花。

兄弟で同じように
名まえを変えてますね!

というのも、

お父さんが貴乃花で
伯父さんが若乃花。

2代続けて
兄弟でお相撲さん。

RyoRyo

すごい一家ですよね!

しかも
お父さん(初代貴乃花)は

お相撲さんで
上から2番目の
大関までだったけど

(それだって
十分にすごいけど)

ほかは
みんな横綱!


若い頃は史上最年少記録だらけ!

貴乃花親方が

まだ
貴花田だった頃は、

何度も
「史上最年少」
ということばが

出てきます。

1991年
18歳9か月で

大相撲史上最年少の
金星(横綱に勝つこと)を
千代の富士から、

とか

1992年
19歳5か月で
幕内初優勝

未成年なので
祝杯は
ウーロン茶だった(!)

8か月後に
2回目の優勝で

史上最年少の
年間最多勝

とか

1994年
21歳5か月で

史上最年少の
大関角番

なんて感じです。

前の年(1993年)に
大関になっていて

その時に
貴ノ花に改名してますが

1994年には
大関角番になり

その後
同じ年に

21歳5か月で
横綱に。

貴乃花親方のプロフィールと子供の頃のエピソード!奥さんや本名は?-1

お父さんも
「角界のプリンス」

と呼ばれてましたが、

お父さんにも
負けないぐらいの
人気ぶりでした。

1つちがいの
お兄さん、

若花田(→ 若ノ花)
といっしょに

「若貴フィーバー」
なんてことばが
できたほど。

初優勝したときなんか
あまりの人気で

日本国内だと
まともに休めないので、

優勝パレードの後は
外国に行ったそう。

これは

兄弟二人の親方
でもあった、

お父さんのすすめ
だったそうです。

わおみゆ

すごいね!
そんなに人気だったの?


RyoRyo

うん、本当にすごかったの。

あんなに人気のある
お相撲さんは

最近はいないわね!



子供の頃のエピソード

貴乃花親方の

子供の頃の
エピソードを

いくつか
紹介しますね。

まず、

プリンスとまで
呼ばれていた

お父さんが
引退したとき、

花田光司少年は
8歳でした。

すでに
お兄さんとともに

お相撲は
始めていたのですが、

まだそれほど
やる気はなかったようです。

お父さんは
とっても
人気者でしたが、

横綱にはなれずに
引退しました。

そこで
光司少年は

「自分が将来
相撲の世界に入って、

父が果たせなかった
夢を実現させるんだ」

との思いで
稽古に打ち込むように
なったそうです。

なので

いよいよ

相撲の世界に
入るために受けた
新弟子検査の時は、

もうすでに
身体ができあがっていて、

みんなが口々に

「この身体なら
今すぐにでも
幕下で通用する」

と言ったほどとか!

RyoRyo

負けず嫌いで
まじめな性格を
物語ってますね!



大相撲史上最年少の金星は、さらに特別だった!

相撲の世界に入って
どんどん強くなった
貴花田。

18歳9か月の
史上最年少金星は

年齢だけが
特別だったわけでは
ないようです。

お父さんも
プリンスと
呼ばれてましたが、

お父さんが引退する
きっかけになったのが

大関になる前の
千代の富士に
負けたこと。

そして
千代の富士は

その後
横綱になって
いくのですが、

「昭和の大横綱」
と言われるほど
強くて人気者に。

さらにその後

千代の富士から
史上最年少の
金星を上げたのが

千代の富士が
引退を決意させた

初代貴乃花の息子である
貴花田だったのです。

みゆみゆ

なんだかドラマチックね!


RyoRyo

この取り組み、

だれも貴花田が勝つとは
思ってなかったみたいよ!



まとめ

では
貴乃花親方の
現役時代までを
まとめますね。

貴乃花親方は
東京都出身、

本名は花田光司。

父・伯父・兄も
相撲の世界にいた。

「父が果たせなかった
夢を自分が実現させる」

との思いで
稽古に打ち込み、

入門時には

すでに身体が
できあがって
いたほどであり、

その後

数々の最年少記録を
塗り替えた。

兄とともに
横綱になった頃には

「若貴フィーバー」の
主役となり、

平成初期の
相撲人気を
けん引した。

RyoRyo

このごろ
とっても苦しそうな
貴乃花親方。

引退は残念だけど、

少しはラクになって
病気をなおして

また
なにかの形で
活躍してほしいです!